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寛永九年八月十五日に61歳で没する迄、約30年に亘って作刀と弟子の養成に励んだ「最上作」「最上大業物」の名工である。
本作は比較的稀少な菖蒲造りの形状で、地沸が微塵によくついて地景の入った地鉄に、華やかな互の目・丁子乱れに太く長い足がよく沸づいて、金筋砂流しが頻りにかかり、飛焼・湯走りが交じっている。激しく華やかな刃文は出来が良く、初代忠吉作刀中の優品である。
脇指
銘 特別保存刀剣 最上大業物 最上作 新刀
肥前國住人忠吉作(初代)
売約済
価格
売約済
法量
| 刃長 | 39.1cm 1尺2寸9分 |
|---|---|
| 反り | 1.5cm 5分 |
| 元幅 | 2.86cm 9分4厘 |
| 元重 | 0.66cm 2分2厘 |
| 茎長 | 11.7cm 3寸8分6厘 |
詳細項目
| 時代・国 | 桃山期(約400年前)、肥前。 |
|---|---|
| 形状 | 菖蒲造、庵棟、身幅・重ね共に尋常で、鎬高く、反りが強くついて、姿が良い。 |
| 鍛 | 板目に杢目交じって、地沸微塵によくつき、やや肌立って地景入り、明るい。 |
| 刃文 | 互の目・丁子乱れ華やかに、太く長い足・葉よく入り、よく沸づいて、金筋・砂流し頻りにかかり、飛焼・湯走り等交じり、明るい。 |
| 帽子 | 直ぐで入り、小丸に返り、先掃き掛ける。 |
| 茎 | 生ぶ、先栗尻、鑢目切、目釘孔1。 |
| 付属 | 金着一重鎺、白鞘付 |
説明
初代忠吉は、橋本新左衛門と称し、肥前鍋島藩の抱え工で、慶長元年に藩命により一門の宗長と共に京の埋忠明寿の門に入り、忠吉は鍛刀、宗長は彫技を学んだ。同年三月に帰国して佐賀城下に住し、藩の庇護のもとに大いに栄えた。元和十年に再度上洛して武蔵大掾を受領し、名を忠広と改め、初め氏を「源」としたが、後に「藤原」に改めている。寛永九年八月十五日に61歳で没する迄、約30年に亘って作刀と弟子の養成に励んだ「最上作」「最上大業物」の名工である。
本作は比較的稀少な菖蒲造りの形状で、地沸が微塵によくついて地景の入った地鉄に、華やかな互の目・丁子乱れに太く長い足がよく沸づいて、金筋砂流しが頻りにかかり、飛焼・湯走りが交じっている。激しく華やかな刃文は出来が良く、初代忠吉作刀中の優品である。
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