脇指  銘  近江大掾藤原忠廣   (新刀・上々作)(大業物)

・      肥前國陸奥守忠吉   (新刀・上々作)(最上大業物)

60回重要刀剣指定書(平成261016)

                    ¥4.800.000(税込)

「肥前の刀と鐔 下」p15・p147所載

金着一重鎺、白鞘付

佐賀県教育委員会登録証(昭和26323)

時代・国  江戸初期(350年前)、肥前。

 

法量    刃長53.4(1762) 反り1.3(43)

      元幅3.15(14) 先幅2.4(79)

      元重0.7(23) 先重0.5(17)

      鋒長4.2(139) 茎長15.7(518)

 

形状    鎬造、庵棟、身幅広く、元先の幅差さまで目立たず、重ね厚め、反りやや

      深くついて姿良く、横手が張った大鋒の力強い体配である。

 

鍛     小板目に小杢目肌よく約み、地沸微塵に厚くつき、地景細かによく入り、地

      沸映り立ち、綺麗な地鉄が冴える。

 

刃文    表は直刃調の浅い湾れを基調に小互の目・丁子ごころ交じり、小足よく入り、

      裏は焼高く、大小の丁子を密に連れ、処々重花風となり、足長く繁く入り、

      葉を交え、匂深く、小沸よくつき、細かに砂流しかかり、匂口明るく冴える。

 

帽子    直ぐで入り、小丸に長く返る。

 

茎     生ぶ、先刃上がりごころの栗尻、鑢目浅い勝手上がり、目釘孔1

 

説明    肥前忠吉家嫡流二代目、近江大掾忠廣と三代目陸奥守忠吉の合作刀である。

      近江大掾忠廣は初代忠吉の嫡子で平作郎といい、寛永9年から作刀が見られ、

      同187月に近江大掾を受領、元禄681歳で没している。この間作刀歴は

      60有余年におよび、肥前刀中でも最も多くの作品を遺している。陸奥守忠吉

      は近江大掾忠廣の嫡子で新三郎と称し、万治3年に陸奥大掾を受領、翌寛文

      元年には陸奥守に転じ、貞享3年、父に先立つこと7年、50歳の若さで没して

      いる。

      二代・三代父子の合作刀はいくつか散見し、直刃・乱れ刃いずれも遺って

      いるが、中でも本作は表と裏の刃文をそれぞれ異なった乱れ刃に焼いた、

      いわゆる「児手柏」(このてがしわ)となっていて、それぞれに趣がある。

      身幅が広く重ねのたっぷりとした体配に、地鉄はいかにも肥前刀ならでは

      の精緻さがあり、かつ地刃共に頗る健全で豪壮である。

      二代・三代がそれぞれ得意とした刃文を焼いて出来が良く、稀少な「児手

      柏」と相俟って優品の誉れが高い名刀である。(重要図譜より抜粋)


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