脇指  銘  白川家臣正繁  (新々刀・上々作)

寛政三辛亥年五月日

應播州姫路長臣源広崇需作之

特別保存刀剣鑑定書(平成3125)

                 ¥売却済

金着二重鎺、白鞘付

神奈川県教育委員会登録証(昭和26331)

◎時代・国  

江戸後期(229年前)、磐城。

 

◎法量    

刃長45.5(152) 反り4(13)

元幅4.05(134) 元重0.94(31)

茎長16.3(538)

 

◎形状    

平造、庵棟、身幅頗る広く、重ね頗る厚く、反り浅めの威風な体配で、豪壮である。

 

◎鍛     

小板目肌よく約み、地沸微塵に厚くつき、地景細かによく入り、かね冴える。

 

◎刃文    

直ぐに焼き出し、その上は大互の目乱れに互の目・尖りごころの刃など交じり、飛焼風もあり、足・葉よく入り、匂深く、小沸厚くつき、金筋・砂流し頻りにかかり、匂口明るく冴える。

 

◎帽子    

やや湾れて直ぐ状で入り、小丸に深く返り、先僅かに掃き掛ける。

 

◎茎     

生ぶ、先浅い入山形、鑢目化粧付大筋違い、目釘孔1

 

◎説明    

手柄山正繁は、通称を朝七といい、丹霞斎と号し、三代目手柄山氏繁の弟にあたる。

初め四代目氏繁を襲名し、のちに正繁と改名した。播州姫路の刀工で、初代大和大掾氏繁の末葉であり、手柄山の麓に住したことから、代々それを姓にした。

天明八年、奥州白河の藩主松平定信の抱え鍛冶となり、江戸に移り住み、享和三年四月、甲斐守を受領した。文政の初年頃、一時大坂でも鍛刀しているが、後に江戸に戻っている。晩年には、楽翁(松平定信)から「神妙」の二字を賜り、会心の作にはこれを切るといわれている。作風は、総じて津田越前守助広に私淑した涛瀾風の大互の目乱れのものが多く、上手である。

本作も、彼が最も得意とした大互の目乱れの作域で、小沸がむらなく厚くつき、地刃共によく働いて明るく冴えている点に特筆すべきものがある。また、刃中に尖りごころの刃が交じっているが、これが同工の特色でもあり、手柄山正繁の本領が発揮された同作中の優品で、威風堂々たる体配と相俟って、長臣源広崇の特別注文であった事が頷ける名刀である。

 


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