刀  銘  備前介藤原宗次   (新々刀・上々作)

慶応元年八月日

特別保存刀剣鑑定書(昭和6383)

                      ¥4,500.000(税込)

本間薫山博士御鞘書付

金着二重鎺、白鞘付

東京都教育員会登録証(平成14917)

 

◎時代・国  江戸末期(155年前)、武蔵。

 

◎法量

刃長71.0(2343) 反り1.8(59)

元幅3.02(1) 先幅2.27(75)

元重0.72(24) 先重0.56(19)

鋒長4.34(143) 茎長19.4(64)

 

◎形状

鎬造、庵棟、身幅広く、重ね厚く、元先の幅差少なく、反りやや深くつき、大鋒となって姿が良く健体である。

 

◎鍛

小板目肌よく約み、地沸細かによくつき、地景入る。

 

◎刃文

丁子乱れに互の目交じり、足長く頻りに入り、匂い勝ち僅かに小沸つき、細かに金筋・砂流し入り、匂口明るく冴える。

 

◎帽子

乱れ込んで、先尖りごころに小丸に品良く返る。

 

◎彫物

表裏に刀樋を搔き流す。

 

◎茎

生ぶ、先入山形、鑢目切、目釘孔1

 

◎説明

固山宗次は享和3年奥州白河に生まれ、俗名を宗兵衛(惣兵衛)といい、一専斎・精良斎と号し、兄に宗平・宗俊がいる。師は加藤綱英といわれているが、その作風から勘案すれば、むしろ弟の加藤綱俊の影響が大きいものと思われる。初め白河松平家の抱え工であったが、藩が勢州桑名へ移封後は、江戸に住して桑名藩工として作刀した。その居住地は、初め麻布永坂、のちに四谷左門町となった。源清麿が四谷伊賀町に鍛冶開業した時、当時左門町に居住していた宗次に挨拶しなかったとして、怒って彼に果状をつけたという話があり、刀剣界に於いてかなりの実力者であった事が伺え、山田浅右衛門や伊賀兎毛等に刃味利鈍の指導も受けていたようである。

弘化2年に備前介を受領し、文政の後半から明治初年の頃まで作刀し、その作風は一貫して備前伝であり、地鉄のよく約んだ綺麗な鍛えに、匂勝ちの丁子乱れを焼いて成功している。

本刀も匂勝ちの丁子乱れを焼いた宗次の典型的な作柄で、常にも増して丁子乱れが華やかで匂口が一層明るく、豪壮な姿の一振で出来が良い。彼の本領が充分に発揮されている優刀である。

 


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